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東京地方裁判所 昭和52年(ヨ)2413号 決定

債権者

平安常意

債権者

野村才二郎

右訴訟代理人弁護士

嶋田喜久雄

須黒延佳

債務者

泉自動車労働組合

右代表者組合長

柏谷富男

右訴訟代理人弁護士

青木武

主文

一  債務者が債権者両名に対し、昭和五二年九月一六日付でなした組合員としての権利を六か月間停止する旨の処分の効力をいずれも停止する。

二  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  債権者両名

主文同旨

二  債務者

本件申請を却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  債務者泉自動車労働組合(以下「債務者組合」という。)は、泉自動車株式会社(以下「会社」という。)の従業員二〇八名で組織する労働組合であり、債権者両名は右会社の従業員であり、かつ、債務者組合の組合員である。

2  債務者組合は、昭和五二年九月一六日付で、債権者両名に対し、いずれも「組合員としての権利を六か月間(昭和五二年九月一六日より同五三年三月一五日までの間)停止する」旨通告し、債権者両名を右統制処分(以下「本件権利停止処分」という。)に付した。

二  本件権利停止処分の効力

1  本件疎明資料によれば、債権者両名に対する本件権利停止処分は、昭和五二年六月一六日から同年九月一五日までの間の債権者両名の左記行為が後記債務者組合規約に該当することを理由としてなされたことが一応認められる。

すなわち、債権者両名は、(一)債務者組合が、昭和五二年六月一六日開催の組合臨時大会において、会社により懲戒解雇された組合員羽鳥正勝、同長谷川実、同新井好一の解雇撤回闘争を支持しない旨決議したにかかわらず、これに違反して支援活動をしていること、(二)「泉自動車労組有志」なる名称を無断で使用して独自の活動をなし、組合の名誉を汚していること、(三)組合決議機関を無視した分派組織「はぐるま会」の活動に継続して参加していること、(四)職場委員会の決議を経ずに他の団体と交流していること、しかして、右行為のうち、(一)、(二)、(三)は制裁規定たる組合規約一二条「(イ)規約綱領及び決議に違反したとき、(ロ)組合の名誉を汚したとき、(ハ)組合の統制を乱したとき」に該当し、かつ、同規約九条「組合員は規約綱領その他決議を尊重し各機関の決定に従って行動しなければならない。」に違反し、同(四)は、同規約三二条「この組合は他の団体と交流するときは職場委員会で決める。」に違反するというにある。

2  そこで、本件権利停止処分理由に該当する事実の有無およびその事実が組合員の権利停止事由になりうるかにつき検討するに、本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 債権者両名は、会社品川工場に勤務するものであるが、債務者組合幹部が会社にきわめて協調的であり、賃金その他の労働条件もほぼ会社の意のままに進められ劣悪であるとの強い不満を抱いており、同様の不満を持っていた同僚の長谷川実、羽鳥正勝、新井好一、杉野森文夫らと、昭和五一年四月以降意見交換を中心とした集まりを持ってこれに「はぐるま会」という名称を付し、組合民主化、労働条件改善をとなえて債務者組合幹部を批判するとともに、ベースアップ、一時金支給等につき組合幹部に要求を提出したり、役員選挙で支持候補を相談するなどの活動を行ない、他の組合員に同調するよう求めていた。

(二) 会社は、昭和五二年二月五日企業の体質改善、企業強化の目的で長谷川および当時執行委員であった羽鳥を含む従業員二二名の配置転換を行ない、うち二〇名はこれに応じたが、長谷川、羽鳥は、組合活動を理由とした不当配転であると主張してこれを拒否し、同月九日東京都地方労働委員会に不当労働行為救済の申立を行なった。債権者両名らは、これを支持するとともに、債務者組合に対し、組合として配転拒否闘争に取組むよう要求したが、債務者組合は、同月一六日開かれた執行委員会で、長谷川、羽鳥に対する配置転換が不当労働行為に該当するかどうかにつき各執行委員の意見を求め、不当労働行為に該当しないとの意見が過半数であったため、右結果を執行委員会の決議に準ずるものとして扱い、長谷川、羽鳥の配転拒否行動を支持しないことにした。

(三) 債権者両名らは、同月一七日ごろから連日のように会社品川工場門前等で組合幹部を激しく批判し、長谷川、羽鳥の配転拒否闘争を支援するよう訴える内容のビラを組合員に配布するなどして支援活動を行なったが、右配転拒否問題は、同年三月一七日会社と長谷川、羽鳥との間で、「羽鳥は原職に復帰し、長谷川は配置転換に応じる」旨の和解が成立した。

(四) しかしながら、和解後も長谷川、債権者らと会社、債務者組合幹部との間に種々の軋轢があったが、組合幹部らにより長谷川、羽鳥、新井らの経歴詐称(大学卒ないし大学中退を高校卒と偽ったとするもの。)が明らかにされたり、債権者らの言動が他の組合員の批判を受けたこともあって債権者らは組合内部で次第に孤立するようになり、同年四月二七日開催の組合臨時大会において、当時執行委員であった債権者平安と新井は、執行委員にふさわしくないとして、リコールにより、その職を解任され、杉野森は職場委員を辞任した。

(五) 会社は、同年六月一〇日、前記の経歴詐称を理由に、前記長谷川、羽鳥、新井を懲戒解雇し、長谷川らは、直ちに東京都地方労働委員会に救済申立を行ったが、債権者両名も長谷川らの解雇撤回闘争を支援し、債務者組合に対し、解雇撤回問題に取組むよう要求した。

(六) しかしながら、債務者組合は、同月一六日開催の組合臨時大会において、前記長谷川、羽鳥、新井は懲戒解雇により従業員の資格を失うので、組合として解雇者を支持しない旨の決議をしたが、この大会において、債務者組合は、債権者両名および杉野森が、前記二月一六日の執行委員会の決議に反し配転拒否支援活動をしたこと、「はぐるま会」等の名称で分派活動をし、組合の統制を乱したこと等を理由に組合規約一二条等により債権者両名および杉野森を三か月の権利停止処分(以下「第一次権利停止処分」という。)に付した。

(七) 債権者両名および杉野森は、第一次権利停止処分後も、右長谷川らの解雇撤回闘争、就労闘争の支援活動として、長谷川らとともに連日のように会社始業時前、会社品川工場前、本社前最寄りの駅等で組合員らにビラを配布し、また各組合員宅に葉書を郵送したりなどしたが、右ビラおよび葉書は「泉自動車労組有志」の名義で出され、その内容は、解雇撤回闘争の支援を訴えるとともに夏の一時金、退職金制度等に対する債務者組合幹部の態度、方針を激しく批判し、あまりにも会社に協調がすぎるとして組合幹部を「御用幹部」などと非難するものであった。なお、この間債権者らは、近隣地域にある全逓信労働組合支部などの労働組合の組合員の支援を受けるようになり、これらの者数人ないし時には数十人がビラ配布などを手伝ったりした。これに対し、債務者組合幹部も債権者らを「企業破壊分子」などと非難するとともに、組合員らに債権者らの煽動に乗らぬよう注意を喚起するなどの対抗策をとった。

(八) 債務者組合は、同年九月一四日の職場委員会において債権者両名および杉野森に対し、第一次権利停止処分後の行動等につき弁明の機会を与えたうえ、前記二1認定の理由で本件権利停止処分に付し、杉野森についても同様の理由により四か月間の権利停止処分に付した。これに対し、債権者両名および杉野森は、同月二八日組合規約一三条により本件権利停止処分につき抗告したが、債務者組合は、同月二八日の職場委員会でこれにつき検討し、組合規約一三条は権利停止処分についての抗告を規定していないとして抗告につき再審議する必要なしとの結論を出した。

3  本件権利停止処分は、債権者両名の昭和五二年六月一六日の第一次権利停止処分後同年九月一五日に至るまでの間の行為のうち、組合決議違反行為、「はぐるま会」に参加して行なった分派活動を主たる理由とするものであるが、前記認定のとおり、「はぐるま会」は、意見交換を中心とした債務者組合ないし組合幹部に批判的な少人数の組合員の集まりであって、その目的とするところは、労働条件改善、組合民主化等につき、自分達の意見を組合活動に反映させようとするところにあり、本件疎明資料によるもそれ以上に進んで組合組織の破壊を目的とする秘密組織とは認め難いから、この集まりを目して直ちに組合の団結力を弱めその統制を紊す分派組織とはいい難いうえ、前記認定事実から明らかなとおり、少くとも第一次権利停止処分のなされた昭和五二年六月一六日以降は債務者組合の主張する組合機関を無視した「はぐるま会」の分派活動とは、債権者らの組合決議に違反したとされる解雇撤回闘争支援を中心とした活動を意味するものと解されるから(本件疎明資料によれば、「はぐるま会」に参加している者は、第一次権利停止処分後は、債権者両名、杉野森、長谷川ら三名の解雇者に過ぎないことが窺われる。)、次に右解雇撤回闘争支援活動等が組合決議違反の分派活動として権利停止処分事由たりうるか検討することとする。

前記認定のとおり、債権者両名は、長谷川ら三名の就労闘争、解雇撤回闘争を支援しており、この支援活動は、形式的に昭和五二年六月一六日開催の組合臨時大会における「解雇者は支持せず」との決議に違反するようにみえる。ところで、いうまでもなく、労働組合の設立目的は団結によって組合員の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることにあるから、たとえ組合員の言動が形式的に組合決議に反するようにみえても、その決議が労働組合の団結権保障の趣旨に鑑み法的保護に値しないときは、このような決議違反を理由に統制権を発動することはできないものと解される。これを本件についてみるに、前記認定のとおり組合臨時大会の「解雇者は支持せず」との決議は、長谷川ら三名の組合員が懲戒解雇を不当として争い、東京都地方労働委員会に救済申立を行なう一方、債権者らも組合に対し解雇撤回闘争に取組むよう要求していた段階でなされたものであり、その決議の趣旨が、単に組合として会社に対し解雇撤回のための交渉ないしは闘争をしないことを確認したにとどまるのか、さらに組合員が個人として行なう支援活動をも禁ずるものか必ずしも明らかではないが、右決議が組合員個人の支援活動をも禁止する趣旨を含むときは、労働組合の団結権保障の趣旨、さらに本件疎明資料によるも、組合員個人の支援活動が会社との関係で債務者組合に対し重大な不利益をもたらす等特別の事情も認められないことに照し、少くとも本件における事実関係のもとでは右の組合臨時大会決議違反を理由として、統制権を行使することは許されず、債権者両名が支援活動をしたこと自体は本件権利停止処分の理由とはなしえないというべきである(なお、債権者両名の債務者組合幹部に対する批判活動そのものが権利停止事由になりえないことはいうまでもないところである。)。

そこで、次に、本件の解雇撤回闘争支援を中心とした活動の方法、態様について検討するに、前記認定のとおり、債権者両名らの配布したビラ、郵送した葉書の作成名義が「泉自動車労組有志」となっていることが明らかであるが、債権者両名、杉野森らはいずれも債務者組合の組合員であるから、組合員の一部の者によって作成されたことを表現する意味で右の名称を使用することが、債務者組合の活動そのものと誤認されたり、その名誉を汚したとはいい難く、また、支援活動等に外部の労働組合員の協力を得たことについても、組合規約三二条「この組合は上部団体へ加盟するときは組合大会で決議しなければならない。又他の団体と交流するときは職場委員会で決める。」は、その文言からみて組合自体が他の団体と交流する場合を規制した条項であり、組合員個人の行動について直接規定したものではないから、支援を得たことが組合規約三二条に牴触するものということはできない。本件において、債権者両名らが配布したビラ、郵送した葉書の内容等に債務者組合幹部を激しく批判するあまり、その表現等に若干行過ぎと思われる点がないではないが、債権者両名の意図は解雇撤回闘争支援と債務者組合の方針に対する批判ならびにこれを組合員に訴え、その支持を得ることにあったことが窺われ、前記認定の本件の経緯をもあわせ考慮するといまだ債務者組合の名誉を汚し、批判活動の範囲を逸脱したとまでは認め難く、仮にそうでないとしても、これを理由に本件権利停止処分に付することは統制権の濫用といわざるを得ない。なお、他の労働組合に属する組合員の支援を得たことについても、債権者両名らの解雇撤回闘争支援活動等を行なうに至った経緯、その目的、他の労働組合員の協力の態様等に照し、債権者両名が他の労働組合の影響下に、ことさらに組織介入ないし組織攪乱を図ったものとはとうてい認め難く、本件の事実関係のもとでは支援を得たことを本件権利停止処分の理由とすることはできないものと解する。

4  以上のところからすれば、債権者両名に対する本件権利停止処分は、その処分理由の疎明がないことに帰するから、無効であるといわなければならない。

三  保全の必要性

本件疎明資料によれば、債権者両名は、本件権利停止処分により組合機関での発言、選挙関与、組合救済等組合員としての基本的権利の行使を現に一切停止されており、このまま本案訴訟の判決確定を待っていては権利停止期間の徒過により事実上救済の機会を失い、償うことのできない損害を受けることが窺われるから、債権者両名の回復し難い損害を避けるため本件権利停止処分の効力を仮に停止する必要があると認められる。

四  よって、債権者両名の本件仮処分申請はいずれも相当であるから、保証を立てさせないで本件権利停止処分の効力をいずれも停止することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 吉本徹也)

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